落ちたネットを、宙に浮かせる。ゆっくりと、ネットが地面から離れるイメージを送る俺は、無意識に歯を食いしばっていた。どうやら単に「浮けー、動けー」と念じても、反応はないらしい。脳内で、それが動くイメージを細かく詳しく考えなければならなかった。しかも、さっきの『紐を引き千切る』のは単純なイメージだったから案外簡単に出来たが、今度は『浮かせて・飛ばして・縛り上げる』の三動作を続けてイメージしないと。
「ぃ……よいしょぉ!」
まるで漁師が海へ網を投げるような動作で、俺は翠と戦っている女性を視線の中へ入れた。直後、ネットがびゅんっと飛んで来て、女性へバシーンッとぶつかる。突然のことに、ハリセンを構えて向かっていた翠がたたらを踏んだ。
「な、何じゃこれは!」
ネットに押し倒された女性が何とか逃げようと身をもがくも、ネットは地面に張り付いたように動かない。地面に広がる真っ赤な打ち掛けが、まるで蜘蛛の巣に貼り付けられた蝶のようだった。
「……どうやら上手く行ったみたいね」
俺に向かって一瞬だけちらりと目を向けた翠は、すぐに女性に視線を戻すと、ハリセンを己の肩に置いて女性を見下ろす。翠の凍てつくような冷たい眼差しに、女性がビクリと身体を震わせ、怯えたような表情を見せた。
「さて、覚悟なさい」
「な、何の覚悟じゃ! 大体、最初に余を騙したのはそっちじゃぞ! この地を守ることは約束したが、何十年も自由になれぬなどとは聞いておらぬ! 隙あらば逃げたいと思うのは、人として当たり前であろう!?」
ジリジリと近づいてくる翠に女性が悲鳴混じりに叫ぶと、翠はその内容に訝しげに片眉を上げた。
「私が聞いているのは、あんたが私の祖母に負けて、除霊を逃れる為に地霊としてこの地を守ることを約束し、その力を得る為の封印を了解したって話なんだけど」
「封印のことも、何十年も縄に縛られたような思いをすることも、余は一切聞いておらぬぞ! 余たちが快適に暮らせる場じゃと言うから、あの祠に入ったのじゃ! それを貴様は……ん? 祖母?」
女性の話に、ますます眉間の皺を寄せる翠に、女性がふと気付いたように口を噤む。何かを確認するように翠の頭から爪先までジロジロと見回した女性は、暫くして「おや」と着物の袖で口元を隠した。