「御主、須摩子ではないな。顔はよく似ておるが、あやつはそんな仏頂面ではなかったもの」
「仏頂面……」
ハッキリとした物言いの女性に、瑞希が翠を見てプススと笑いを漏らす。それに翠がジロリと睨み返して、疲れたように溜息を吐いた。
「ようやく気付いてくれたわね。須摩子は私の祖母よ。私は須摩子の孫の翠」
「そうじゃったか。それはすまなんだ」
先程までの怒りの形相が嘘のように、素直に謝罪の言葉を口にした女性に、俺も皆も目をパチクリとさせる。そんな俺たちの顔を見て、女性は「何じゃ」と片眉を上げた。
「孫とは言えど、余が憎く思うておる須摩子とは別人じゃ。その者に怒りをぶつけるのは筋違いじゃろう?」
それはそうだが、今まで怒り爆発していた人物が、いきなり水をかけられた火のように冷静になられると、こちらとしては拍子抜けと言うか、戸惑いがあると言うか。
大人しくなった女性に俺が肩の力を抜くと、今まで女性を押し倒していたネットがずるりと動いた。地面に張り付いたように動かなかったネットは、まるで電池が切れたように力をなくし、女性が腕を動かしただけでバサリと跳ね除けられる。
身体の自由を取り戻した女性はすっくと立ち上がると、打ち掛けの乱れを整え、最初に現われたときのように宙へ浮かんだ。同時に、敵意剥き出しで俺たちの周りを飛び交っていた悪霊たちが、女性に敬意を払うように地面に伏せ、大人しくなる。そういえばこの人、“イツ姫”とかって呼ばれてたっけ。
「どうやら私が祖母から聞いている話と、あなたの話すことには、相違があるようだけど。本当のところを話してもらえないかしら」
「ふむ。御主は須磨子と違って、話の判る女のようじゃの。良かろう。思い出すだに腹の立つ話じゃが」
両腕を組み、遠慮気味の言葉とは逆に偉そうな態度で問う翠に、イツ姫はこれまた偉そうな態度で頷いた。周りには恭しく地面に伏せた甲冑姿の霊たちがずらりと並び、空には有り得ないくらいデカイ月が浮かぶテニスコートの真ん中で話を聞く、この状況。何と言うか、非現実だ。
平凡な平和から完全に遠ざかってしまったのを感じつつ、俺は遠くを見つめるイツ姫の昔話に耳を傾けた。